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Vol.20 筑後人の渾身、茶のひとしずく ―福岡県―

「伝統」の職人魂を受け継ぐ星野村のお茶農家。一年に一度しか取れない日本茶の最高峰・玉露は、全国有数の収量を誇ります。こうした伝統の味を守るのは、ぶれることなく自然と向き合う信念。そして、消費者と直接対話し、時代を見据えた挑戦を恐れない勇気。星野村では、また新たなお茶づくりの職人が生まれようとしています。

Part1 お茶の3成分 知ればあなたも日本茶通(7分11秒)
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0:00~2:52 プロローグ~筑後人の渾身、茶のひとしずく~ 福岡県編
2:53~7:10 八女中央大茶園 八女市星野村
お茶の3成分 知ればあなたも日本茶通

●これであなたも日本茶通
3つのお茶の成分から、おいしいお茶の選び方・入れ方・その健康効果を知ろう

コーヒーや炭酸系のソフトドリンクに押され、一時期はその存在感が薄くなっていた日本茶。
しかし、ペットボトルのお茶の普及や、昨今の健康志向の高まりをうけて、需要が拡大。再び主役の座を占めるほどになっています。

しかし、日本人にとって身近な存在であるはずの日本茶ですが、私たちは意外にお茶のことを知りません。
確かに「玉露」や「番茶」といった名前は聞いたことがあっても、「実際、何がどう違うのか?」「そもそもおいしいお茶とはなにか?」といった根本的なところまで、わからなくなっているのが現状なのかもしれません。

お茶の3成分 知ればあなたも日本茶通

●「日本茶を知るための3成分
「テアニン」「カテキン」「カフェイン」

日本茶の味。その要素は「甘味」「うま味」「苦味」「渋味」という4つだといわれています。
そして、これらの味を決めているのが以下の3つの成分。

■テアニンなどのアミノ酸類
■カテキン
■カフェイン

実は、この3成分の役割と性質を知ると、日本茶の選び方、入れ方、飲み方のすべてがわかるのです。

まずお茶のおいしさといえば、ほんのりとした「甘味」と何ともいえない「うま味」が基本。実際、「甘味」「うま味」を多く感じることができるお茶が上質とされ、この味をいかに出すかが決め手の一つになります。その「甘味」と「うま味」を生み出しているのが、「テアニン」などのアミノ酸です。

逆に、渋いお茶が好きだという方もいるように、「渋味」「苦味」もお茶の魅力の一つです。この「渋味」「苦味」をお茶にもたらしているのが「カテキン」と「カフェイン」。

つまりお茶は、この3成分のバランスの上で成り立っているのです。

お茶の3成分 知ればあなたも日本茶通

●消えてしまう「テアニン」

お茶の「甘味」と「うま味」を出すアミノ酸の一種「テアニン」。お茶の木と一部のきのこなどにしか含まれない貴重な成分です。
俗に「甘い」お茶は上質とされていますが、まさにこの「テアニン」「グルタミン酸」「アスパラギン酸」などのアミノ酸が「甘み」をもたらします。つまり、お茶の善し悪しや価格を決める、最も大きな要素の一つが、「テアニン」の量にかかっているのです。

この「テアニン」とは、お茶の木が根で吸収したアンモニアなどの養分を、安全な形で蓄積するために作られる成分。これは根で作られ、幹を経由して茶葉に蓄えられると考えられています。つまり「テアニン」とは、どんなお茶の木であっても自然に作り出すことができる成分なのです。

しかしこの「テアニン」は、日光に当たると「渋味」や「苦味」を出す「カテキン」に変わってしまう性質を持ちます。つまり、お茶の木で「テアニン」というアミノ酸が作られるのは一時的な現象。光が当たり時間が経つと、「カテキン」になって葉に保存されてしまうのです。そのため、長く光にさらされた葉には「カテキン」成分が多く蓄えられ、新芽や若葉には「テアニン」が多く含まれるということになるのです。
これがまず、お茶の味を左右する第1のポイント。どの部分の葉を多く含んでいるかで、その味わいが変わってくるのです。

一般的に「煎茶」は木の先端にある「一芯二葉」(最も上部の芽と二枚の葉)部分を中心に刈り取って作られます。
しかし、「番茶」といわれる一般的なお手ごろ価格のお茶には、煎茶の製造工程ではじかれた大きな葉や、秋冬にお茶の木を剪定した際に出た葉などを使用します。
このため「煎茶」は、「テアニン」などのアミノ酸による「甘味」や「うま味」と、「カテキン」「カフェイン」のもたらす「渋味」や「苦味」のバランスのとれた味です。
これに対して「番茶」は、「甘味」や「うま味」よりも「渋味」が優ったお茶になるのです。

さらに、「新茶」がことさらおいしいといわれる要因も、この「テアニン」が大きく影響しています。
いったん冬に成長を鈍化させたお茶の木は、その期間、養分を多くためこみます。そのため、春になって最初の新芽には、養分の「テアニン」が増加。春以降の時期に収穫されるお茶よりも、「甘味」「うま味」の強いお茶になるのです。

お茶の3成分 知ればあなたも日本茶通

●さらにおいしいお茶を求めて
「テアニン」を増やした「玉露」や「抹茶」

育成法を工夫しさらに「テアニン」を増やそうとしたのが、煎茶の最高峰であり、今回の映像の舞台「八女」で生産をされている「玉露」、京都の「宇治」で生産をされている「抹茶」用のお茶です。
通常の煎茶用のお茶の木は、露地栽培で日の光を遮ることはしませんが、これらのお茶は新芽が1~2枚開きはじめたときから、筵や布を使って光を遮光する「被覆栽培」を行います。つまり人工的に光を遮って「テアニン」が「カテキン」になることを抑えているのです。
「玉露」がよく甘いといわれるのは、まさにこの栽培方法で「テアニン」を失わないよう栽培しているからなのです。

この「テアニン」が見つかったのは1950年のこと。京都府立農業試験場茶業研究所(現在の京都府農林水産技術センター農林センター茶業研究所)所長 酒戸弥二郎氏が、玉露から発見した成分なのです。
しかし宇治では、お茶のおいしさの仕組みが科学的に明らかになっていない16世紀後半頃から、お茶の「甘味」「うま味」を最大限引き出す「被覆栽培」が行われていたといわれています。
こうした育成方法は、お茶のルーツである中国でも発見されなかった、画期的な方法。まさに、日本の農文化が持つしなやかな感性と、産物を磨き上げていく地道なイノベーションマインドが生み出した、日本茶文化の一つの到達点でもあるのです。

Part2 3成分の性質を生かしたおいしいお茶の入れ方(5分15秒)
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7:11~10:02 八女のまつり あかりの祭典 八女茶山唄
10:03~12:25 聖福寺 聖福寺献上茶壺式典
3成分の性質を生かしたおいしいお茶の入れ方

●おいしい日本茶の入れ方も、お茶の成分がわかれば簡単!

日本茶の代表的な3つの成分は
「テアニン」などのアミノ酸類「カテキン」「カフェイン」
この3成分は、お茶の基本的な味を決めているだけではありません。お茶のおいしい入れ方にも、大きく関わっているのです。

お茶をおいしく入れるための決め手は、この「3つの成分」お茶を入れる時の「お湯の温度」「抽出時間」。
日本茶はお湯の温度が重要とよくいわれますが、それは「テアニンなどのアミノ酸類」「カテキン」「カフェイン」というお茶の3成分が、お湯に溶け出す温度が違うことが関係しています。

その中で、一番低い温度で溶け出すのが「甘味」「うま味」のもと「テアニン」などのアミノ酸。こうした成分は、かなり低温でも水に溶け出す性質を持っています。

逆に、「渋味」「苦味」のもと「カテキン」は、低温ではほとんど溶け出さず、高温になってから溶け出す性質があります。

同じく、「渋味」のもと「カフェイン」は、低温から溶け出しますが、その量は「テアニン」などに比べると少なく、「じわじわ」溶け出すイメージ。やはり「カテキン」と同じように、高温でよく溶け出す性質を持っています。

つまり、低い温度で抽出すれば「甘味」「うま味」が、逆に高い温度で抽出すると「苦味」「渋味」が強く出る。これが、お茶を入れるときの基本セオリーなのです。

3成分の性質を生かしたおいしいお茶の入れ方

こうしたことから、「甘味」「うま味」を主に味わう「玉露」や「煎茶」でも、上質な高級品では高温のお湯は厳禁。50度から60度のお湯で、2分程度じっくり抽出することで、「テアニン」をより多く、「カテキン」や「カフェイン」をなるべく少なく抽出します。こうして、そのお茶が本来持っている「甘味」「うま味」を多く味わうことができるのです。

これは普通の「煎茶」でも同じ。沸騰している熱湯よりは、玉露ほどではないものの70度程度のお湯で入れる方が、「渋味」や「苦味」が抑えられ、バランスのとれた味に。(ただし抽出時間が長すぎると「渋味」や「苦味」成分が出過ぎるので1分ぐらい)

逆に、もともと「テアニン」などが少ない「番茶」のようなお茶は、沸騰している熱湯で入れ、お茶の葉の持っている香りを強く出しながら、渋くなりすぎないように、30秒ぐらい抽出します。

こうした成分の特徴を知ると、同じお茶でも、入れ方によって違う味を楽しめます。

3成分の性質を生かしたおいしいお茶の入れ方

例えば、玉露などのよいお茶を、一煎目は低温でゆっくり抽出し本来の「甘味」や「うま味」を楽しみ、二煎目ではやや熱めのお湯で「渋味」や「苦味」を味わうというような楽しみ方もできます。

また玉露のような高価なお茶でなくとも、水でゆっくり抽出する「水出し」を行えば、「カテキン」や「カフェイン」成分が抑えられ、「テアニン」の甘味が味わえるお茶になります。

こうしたお茶の特性を知ることで、日本茶の世界をさらに楽しむことができるのです。

Part3 お茶の種類と生活リズムに合わせた選び方(6分18秒)
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12:26~15:59 八女市星野村 雪
16:00~18:43 広川町 いちご
お茶の種類と生活リズムに合わせた選び方

●日本茶の3つの成分を知れば、毎日の生活リズムに合わせた日本茶選びも簡単!

日本茶はその種類の多さも魅力です。

一般的な「緑茶」である「煎茶」。

「緑茶」の中でも、収穫前に黒い布や藁で日光を遮る「被覆栽培」により「カテキン」の発生を抑えた、「甘味」や「うま味」成分の強い最上級茶「玉露」。

乾燥させたお茶の葉を臼でひいて粉状にした、茶道で使用する「抹茶」。こちらの茶葉も「甘味」や「うま味」を増やすためには、「玉露」のように被覆栽培を用いて作られます。

「番茶」は、遅い時期に摘んだ茶葉や堅くなった葉で作られたお茶。成長が進んだ葉は「テアニン」だけでなく「カテキン」や「カフェイン」といった成分も少ないため、さっぱりとした味になります。
今、多く作られている「ペットボトルの日本茶」も、比較的遅摘みの茶葉を使用しています。ですから、「番茶」の一種と考えることができます。

「ほうじ茶」は、こうした「番茶」をさらに強火で「焙煎」したもの。もともと売れ残りの茶葉や下級茶を使用して作られたものですが、現在ではその香ばしい香りが好まれ、お茶の一つのジャンルとして確立されており、あえて高級な茶葉を使用して作られるものもあります。

さらに、こうした香ばしいお茶の香りを引き出そうと、炒った米を加えたのが「玄米茶」。玄米茶という名称ですが、実際には、玄米ではなく白米を蒸して乾燥させ、炒ったものを混ぜて作られています。

お茶の種類と生活リズムに合わせた選び方

さて、このようにさまざまな種類がある日本茶。
各々含まれている成分もさまざまで、一日のリズムやシチュエーションに合わせたお茶選びを楽しむことができます。

朝、まず目覚めの一杯として最適なのは「玉露」や「抹茶」。
実は、「玉露」や「抹茶」を育てる被覆栽培は「テアニン」を増やすだけでなく「カフェイン」も増やすはたらきをします。よって、そのカフェインの量は「番茶」の倍。一般的な煎茶よりも多くなります。含有量からいえば、この二つのお茶は、「コーヒー」よりも多くのカフェイン成分を含んでいます。(ただし抽出方法や一杯あたりの使用するお湯の量が違うために、実際に飲む場合のカフェイン量はコーヒーの方が多くなります)
ですから、朝だけでなく眠気覚ましや、会議・勉強などで意識をはっきりさせたいときには、「玉露」や「抹茶」が最適です。

逆に、カフェインは胃に刺激をあたえ過ぎることもあります。そのため、食前の空腹時にはあまり量を取ることはおすすめできません。
こうしたときには、カフェインが少ない「番茶」や「ほうじ茶」を。さらに、同じように食事中には料理の味を邪魔しない「番茶」や「ほうじ茶」がベストでしょう。

お茶の種類と生活リズムに合わせた選び方

さらに食後には、ある程度「カテキン」を含んだ煎茶がお薦めです。
ご存じのように、お茶の「カテキン」成分には、さまざまな健康効果が知られています。例えば、血中コレステロール調整作用、血糖値調整作用などが学術的に報告されています。
また、茶カテキンを含んだ飲料が「特定保健用食品」として数多く認可されているように、「脂肪をエネルギーとして消費する」効果もある程度実証されてきています。
こうした点から、食後に上がりやすい「血糖値」の上昇を抑え、体内に取り込んだ余分な脂肪を早くエネルギーに変換する効果が、「煎茶」に期待できるのです。

Part4 煎茶と玉露の歴史(15分56秒)
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18:44~21:48 玉露茶 五社の神 五社神 新茶祈願祭
21:49~27:02 一番茶の摘採
27:03~32:00 伝統本玉露の収穫 八女茶山唄
32:01~34:40 エンディング
煎茶と玉露の歴史

●煎茶と玉露の歴史

現在「お茶」といえば、急須で入れる「煎茶」が一般的です。
しかし、こうした煎茶のスタイルが広く社会に普及してくるのは、江戸時代の初期のこと。
お茶が本格的に普及した鎌倉時代から室町時代、戦国時代を経て、安土桃山時代にいたるまでの日本では、粉にしたお茶の葉をお湯に溶かして飲むスタイルの「抹茶」が中心でした。

実は、紀元前からという長いお茶の歴史を持つ中国でも、煎茶のような飲み方がはじまったのは、かなり後のこと。
もともと中国のお茶は、現在のプーアール茶などでもみられる、お茶の葉を粗く砕いて固めて餅のよう固めた「餅茶」、さらにそれを押し固めた「団茶」を砕いてお湯を入れて飲むというスタイルが主流。
こうした飲み方が、三国志の時代から「明」の時代まで続きます。
そして、明になってはじめて、お茶の葉を崩したり固めたりせず、そのまま釜で炒りお湯を入れて飲むという、今の煎茶のスタイル「散茶」が生まれました。
今、私たちにとって身近な「烏龍茶」が作られはじめたのも、この時代。現在も飲まれている中国茶のほとんどは、明以降に発祥したものなのです。

煎茶と玉露の歴史

一方、日本でお茶が普及したのは平安時代後期から鎌倉時代にかけて。当時「宋」時代だった中国へ最新の仏教「禅宗」を学びに出た留学僧が、日本へお茶を持ち帰ったことがはじまりです。
しかし、そのとき中国から持ち帰ったお茶は、葉を臼などで細かくして飲む「抹茶」でした。
日本ではその後も現代に至るまで「抹茶」がお茶の一つのジャンルとして残っていることを考えると、中国にもその文化が残っていてよさそうなものですが、現代の中国には「抹茶」のようなお茶の飲み方は残っていません。中国では、「抹茶」は「宋」時代にのみ流行ったお茶の飲み方。この時代以降では、ほとんど顧みられることはなくなってしまったのです。
その理由は定かではありませんが、もし当時抹茶が日本に持ち込まれなければ、その存在は失われていたかもしれません。抹茶とは、お茶の歴史上、ちょっと珍しい種類のお茶なのです。

煎茶と玉露の歴史

それでは江戸時代、「煎茶」はどうのようにして日本に広まっていったのでしょうか?
その普及に一役買ったのが、江戸時代に中国から日本へ渡ってきた明の禅僧。「インゲン豆」にもその名を残す「隠元」です。
日本三禅宗のひとつ黄檗宗の開祖でもある「隠元」は、江戸時代前期に日本に渡来しますが、彼は当時最新の禅の教えだけでなく、それに付随するさまざま風習や食文化も持ち込みました。
その一つが「煎茶」。
禅には「日常の行いそれ自体がすでに仏道の実践である」という考えがあります。ですから、料理やお茶などの飲食も修行の一つ。何を食べ、何を飲むかも、修行の一つとして、定められています。
こうしたことから、鎌倉時代より日本の禅宗では「抹茶」が飲まれていましたが、隠元が新たに日本ではじめた黄檗宗では、自分が中国で飲んでいた最新のお茶「煎茶」に改められました。
その後、黄檗宗は徳川幕府の庇護をうけるようになり、その勢力を全国に拡大。それとともに「煎茶」も日本全国へ広がっていったと思われます。
また、江戸時代初期は学問や芸術の分野においても「明」文化が急激に流入した時代です。学問でいえば「朱子学」、絵画では「南画」など、この時代に新しく日本へ入ってきた文化が大流行。この当時中国文化は、最新でクールなものとされてきました。
こうした中で、当時「明」で生まれた新しいお茶「煎茶」は、まさにトレンディな飲み物。この時代を代表する文化人、画家の「池大雅」や作家であり国学者でもある「上田秋成」なども「煎茶」を好んでおり、「煎茶」の茶人としてその普及にも貢献しています。
さらに、江戸時代には「抹茶」を点てる「茶道」が広く武家から庶民にまで普及されていましたが、すでに作法などにこだわりが生まれ儀礼化されており、お茶を楽しむという本質から離れはじめていました。そこで、こうした形骸化した文化に批判的な人びとを中心に、自由で形式に囚われない、新しいお茶「煎茶」を飲むことが流行したという側面もあります。

煎茶と玉露の歴史

こうして江戸時代、「煎茶」は急激に普及していきます。すると、今度は「煎茶」をさらにおいしくしようと考える人々が現れます。そうした中の一人が、京都宇治でお茶作りをしていた「永谷宗円」です。
お茶の葉は摘み取られると、最初にその成分が変化しないよう加熱する「殺青」という作業を行います。「明」から持ち込まれた「煎茶」は「釜入り茶」といって、最初に釜で炒ることで加熱を行います。
現代の中国茶も、ほとんどはこうした製法で作られており、日本の一部でも、こうした製法で「煎茶」を作る地域があります。
ただこの方法だと、江戸時代以前に日本人が慣れ親しんだ「抹茶」のような、鮮やかな緑色のお茶はできませんでした。
そこで「永谷宗円」は、「炒る」のではなく「蒸す」ことで熱を入れ、殺青する方法を思いつきます。これだとお茶の葉の緑が残るだけでなく、さわやかなお茶の香りも残すことができるのです。
こうして1738年、永谷宗円により、現代にも続く蒸して殺青する製法の「煎茶」が生まれました。これこそまさに、日本茶の誕生の歴史といえるのかもしれません。

その後も、永谷宗円が残した宇治の永谷茶園は、宇治茶の発展に貢献。現在も続いています。

直接お茶とは関係ありませんが、その子孫の一人が起こした食品会社があります。
それが「永谷園」。
そのヒット商品が「お茶漬けのもと」というのも何かしらの縁を感じさせます。

さて、「永谷宗円」の作ったこのお茶ですが、「抹茶」を主体としたお茶の長い歴史が根付く地元京都では、そのよさを理解できる人がいなかったのか、最初はなかなか売れなかったともいわれています。そこで宗円は、このお茶を江戸に持っていくことにしました。

江戸で宗円の「煎茶」のよさを認め、大々的に扱ってくれたのは、現代も日本橋で「お茶と海苔」を扱う老舗「山本山」初代の山本嘉兵衛でした。
山本喜兵衛はこのお茶に「天下一」というネーミングをつけて販売。
ネーミングもよかったのか、新しいものを喜ぶ江戸の人びとの人気を獲得。「お江戸八百八町にこれを飲まないものなし」といわれるほど、大ヒットしたといわれています。

こうして新しい「煎茶」でヒットを飛ばした「山本山」ですが、さらにその約100年後、その子孫が新たな「日本茶」を生むことになります。
それが6代目の山本喜兵衛。
彼はさらにおいしいお茶ができないか考えていました。そこで着目したのが、宇治で「抹茶」を製造するために作られていた「碾茶(てんちゃ)」用のお茶の栽培方法です。宇治では古くから、収穫が近づいた「抹茶」用のお茶の木に覆いをかけて日を遮る「被覆栽培」が行われていました。「被覆栽培」は、収穫期にお茶の木を霜などから守る保温の意味もありましたが、それを行うことでお茶の「甘味」や「うま味」が増えることを、経験上、当時の人びとは知っていたのではないかと考えられています。
実際、お茶の「甘味」「うま味」を出す成分として「テアニン」などのアミノ酸がありますが、これらは日光を浴びると「渋味」や「苦味」を出す「カテキン」に変化してしまうことが、科学的に実証されています。つまり「被覆栽培」は、「甘み」や「うま味」を守る、実に理に叶った栽培方法だったのです。

6代目山本喜兵衛は、こうしたことに気がつき、抹茶用の茶葉で「煎茶」を作れば、「甘味」の強いお茶ができるのではないかと考えたのです。
そして実際、「抹茶」用の茶葉で作った煎茶はまさに「甘い露」のような味がしたということで、「玉露」と名づけられました。
これが現在でも、宇治をはじめ映像でご紹介している九州八女市を中心に作られている高級茶「玉露」のはじまりなのです。

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