Vol.8 都市を支える食と農 伝統の絆 ―千葉県―

首都圏のベットタウンとして、また成田国際空港や幕張新都心などの開発も進み、国際化・都市化のイメージが強い千葉県。一方で、首都圏という大消費地に近く、年間を通した温暖な気候と山間地域の少ない平坦な土地に恵まれた千葉県は、全国第3位の農業産出額を誇る、農業県でもありまです。そこには、今も多くの農村文化や伝統工芸が、脈々と受け継がれています。

Part 1 プロローグ~都市を支える食と農 伝統の絆~ 千葉県編(1分55秒)
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0:00~1:55 プロローグ~都市を支える食と農 伝統の絆~ 千葉県編
プロローグ~都市を支える食と農 伝統の絆~ 千葉県編

東京のベッドタウンとして発展する千葉市や船橋市、柏市などの都市エリア。内房沿岸に伸びる京葉工業地帯や、湾岸エリアに作られた国際都市・幕張新都心。そして日本の空の玄関である成田国際空港など、千葉県というと近代的なエリアを中心としたイメージを思い浮かべがちかもしれません。

プロローグ~都市を支える食と農 伝統の絆~ 千葉県編

しかしその一方で、首都圏の巨大な胃袋を満たすための近郊農業が発展し、今では全国第3位の農業産出額を誇る、日本でも有数の農業地帯でもあるのです。
現在千葉県では、ニンジンやダイコン(ともに生産量全国第二位)などの常用的な野菜だけでなく、スイカ、メロン、ナシ、クリ、イチゴといった果実類、北海道に次ぐ生産量を誇る牛乳、そして千葉県特産品として全国的にも有名な落花生などを生産。まさしく首都圏の台所と言っても過言ではないかもしれません。

プロローグ~都市を支える食と農 伝統の絆~ 千葉県編

この作品では、千葉県で営まれる様々な農業の中から、花や落花生などの特産品栽培の様子と、今も大切に育まれている様々な農村文化や民俗行事、伝統工芸などをご紹介していきます。

Part2 南房総 平磯の花畑(1分46秒)
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1:55~3:41 南房総市の春、観光農園の花畑(平磯)、千倉磯花の会代表 坂本文蔵さんインタビュー
南房総 平磯の花畑

千葉県南部に位置する南房総。房総半島の最南端に位置しており、三方を海に囲まれた沖を温かい黒潮が流れている関係で、冬でも温暖な地域です。
しかし一方でこの地域は、平坦な土地が多い千葉県の中でも、比較的標高の高い400m程度の房総丘陵の低山・森林地帯が海の近くまで迫っており、耕作に適した場所が限られているという課題を抱えていました。このため近代までは、多くの人々が農業だけでは生計が立たず、「半農半漁」の営みで生活をしていました。

南房総 平磯の花畑

こうした課題を解決すべく、大正期から始まったのが、花の栽培でした。温暖な気候を利用し、それまでは冬期は休耕していた田畑を、裏作として活用したのです。裏作をすれば、狭い土地でも、耕作地面積あたりの収入が格段に増え、安定した農業生産が可能になるからです。
ちょうどこの頃、館山まで鉄道が開通。生花を東京などの市場まで届けることが可能になったのも、プラス要因でした。
この時期に鋸南町のスイセン栽培や、房総市和田でのストック栽培が始まり、その後、南房総一帯に花栽培が広がっていくのです。
戦中戦後の食料不足期には、一時花栽培が中断しますが、戦後の復興とともに再開。今では南房総全体でストック、キンセンカ、キンギョソウ、ポピー、カーネーションといった様々な花が栽培され、1月~3月にかけて一斉に開花します。

南房総 平磯の花畑

この映像で紹介しているのは、南房総市千倉町の平磯地区の花畑。
やはりここも元々は起伏の激しい土地でしたが、人々が力を合わせて開墾しました。坂本文蔵さん率いる「磯花会」は、10名の花生産者によるグループで、“花を育てることで地域を元気にしたい”との願いのもと、ナノハナ、キンギョソウ、キンセンカ、ストックなど数多くの花を栽培しています。
これらの花は生花として出荷されるだけでなく、観光農園としても運営されており、冬の観光スポットとして、県外からも数多くの観光客が訪れます。地域の活性化にも大きく貢献している花畑なのです。

Part3 犬供養と春祈祷 (1分45秒)
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3:41~4:47 佐倉市、犬供養 ザクマタ
4:47~5:26 宝寿院での春祈祷
犬供養と春祈祷

今も多くの農村では、その生活の中に、歴史の中で培われた様々な習俗や慣習が残っています。
様々な性別や地域、職域などで構成された「講」という組織と活動も、その一つ。 「講」は江戸時代に作られた組織形態で、様々な信仰や宗教、祈りを中心とした人々が集まって作るグループです。 有名なものとしては、伊勢や富士山への参拝を目的とした「伊勢講」や「富士講」など、都市部も含めて各地で大々的に組織されたものもありますが、農村部には、地元で定期的に開催される小さな「講」も多数構成されていました。
こうした「講」は、無病息災や家内安全などを祈る信仰的な祭事を中心にしていますが、それだけでなく、相互扶助的な助け合いや、その行事をきっかけに食事やお茶、そしてコミュニケーションを楽しむ、今でいうサークル活動のリクリエーション的な要素も多くありました。

犬供養と春祈祷

映像で紹介している「犬供養」を実施しているのは、利根川を中心とする関東一円に多く結成されていた「女子講」あるいは「子安講」といわれる既婚女性だけの地域グループ。 今でいう「ママ友」的な集まりです。 現代のママ達にとってもそうですが、妊娠、出産、子育ては、既婚女性にとって重要な関心事の一つ。 特に妊娠と出産は、医療体制が完備されていなかった時代の農村部では、多くの困難や課題がありました。 そこでこうしたテーマを個人だけの問題とせず、地域の課題として、みんなで解決しようというのが、この「女子講」あるいは「子安講」の目的だったのです。
その内容は地域によっていろいろですが、多くは月に一度、日を決めて、あるいは地域によっては年に数回、十五夜とおなじように月の満ち欠けにあわせて、十九夜待、二十二夜待、二十三夜待というスケジュールで集まります。 そこで観音様や道祖神、子安地蔵などに安産の祈願をするとともに、食事をしたり、お茶をしたりして「女子」だけの集まりを楽しんでいたのです。
「犬供養」も、こうした「女子講」の臨時イベントとして始まったものと言われています。
もともと中国から入ってきた考え方のようですが、犬は極めてお産が軽く、一度にたくさんの子どもを産むことから、日本でも安産の象徴と考えられてきました。 現代でも「帯祝い」等、妊娠5ヶ月に入った最初の戌の日に、妊婦のおなかに腹帯をまく習慣が残っていますが、これも犬の安産にあやかってのこと。 こうした意味合いから、「女子講」や「子安講」では犬を大切にする気持ちが強くなり、犬がどこかで死んだと聞くと、その犬を供養するために50~80㌢の経文を書いた股木を、分かれ道などに立てる「犬供養」という習慣が起こったと考えられています。
現在ではこうした習慣が様々に変化して、映像で紹介している佐倉市の事例のように、犬が亡くなったときではなく、「女子講」などの集まりの行事の一環として行われるケースも多いようです。

南房総 平磯のお花畑

ところで、「女子講」が十九夜待、二十二夜待、二十三夜待という月の満ち欠けと同期して行われることが多いのは、どうしてなのでしょうか。
これは十五夜と同じく月を待つ「月待信仰」といって、十三夜、十五夜、十七夜、十九夜、二十三夜、二十六夜などの月齢の夜、特定の人々で組織された「講」のメンバーが集まって、月が出るのを待って供物を供え、飲食をともにする行事で、古くは平安時代から貴族の間で行われ、江戸時代に全国的に普及したといわれています。 農業は、自然とともに生きていく営みであるために、とくにこうした自然の移り変わりや天体の運行と密接に関連した農文化が、都市部より数多く残っています。
たとえばこの映像で紹介している佐倉市天辺にある宝寿院で行われる「春祈祷」もその一つ。 五穀豊穣を願う伝統行事といわれていますが、行事の名前を「ジゾウサマノオビシャ」といいます。これは、千葉や関東周辺に様々な形で残る「オビシャ」という行事の一つです。 このオビシャはもともと「日射」から来ているといわれ、字のごとく「太陽」を射ることを中心とした「太陽信仰」の一つが原型といわれています。 この行事のもともとの形は、中国の「三つの太陽のうち二つを射落とすことによって、新たな年が始まり、これを機会にその年の農事を始める」という故事が原型といわれており、 今でも関東の各地では、新春になると、丸い的に3つの太陽を表す「鳥」に関連した絵を描き、これを弓で射ることで、新しい年を迎え、その年の収穫を祈願する行事が行われています。
実は、サッカーの日本代表のロゴマークにも用いられている三本脚のカラス(熊野の八咫烏)も、もともとこの三つの太陽を表す太陽信仰の象徴だといわれています。
現在でも3本脚のカラスを的に描いてそれを弓で射るのが「オビシャ」のスタンダードですが、それも時代を経るにつれ、各地で変化。 的の絵も「鳥の目」を強調したもの、「鬼」という字を書いたもの、何も書かないものなどに変化していき、ここでは長さ10.8メートルの大きな数珠を、輪になって座った人々が廻していくというように、実際に弓を使わない形のものにまで変化しています。

Part4 おどり花見 (1分4秒)
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5:26~6:30 成田市での千葉県無形文化財 踊り花見、弥勒踊り
おどり花見

成田市で行われている「おどり花見」は、約300年の歴史をもつ千葉県無形民俗文化財です。
これも元は「犬供養」のパートで紹介した「女人講」が中心となって行われる、安産や無病息災などの祈願を中心とした女性グループの「講」の活動の一つ。 成田市には町ごとに今でも「女人講」があり、その講ごとに、着物姿の女性たちが集まって、旧成田町の本町・仲町・上町・幸町・花崎町・田町・東町の7ヵ町、16の神仏に詣でて、「弥勒踊り」と呼ばれる踊りを行います。
「おどり花見」という名で呼ばれるこの踊り、現在は踊りの中心に花飾りなどを置き、まさしくお花見の際に踊る華やかな舞踊のように見えますが、その原型は念仏を歌として唱え、振り付けをつけた「念仏踊り」に属するもの。 つまり、「女人講」が元々行っている「地域女性の祈りの集会」という活動が、ここでは「弥勒踊り」という形で行われているのです。 こうした意味でも、「犬供養」とこの踊りは、同じ活動の延長上にあるといえるでしょう。
この「弥勒踊り」は、同じ念仏踊りの系統である「鹿島踊り」とともに鹿島神宮が発祥といわれ、その歌詞に「鹿島船戸へ弥勒船がついた」という一節が歌われるように、「世直しを願う弥勒が遠い海の彼方から訪れ、富や豊作をもたらすという」弥勒信仰に基づいています。

おどり花見

海と密接に関係しているために、千葉や神奈川、静岡といった関東・東海地方沿岸部で広く行われるようになったといわれています。
歌詞の内容や踊り手、踊る所作は、地域ごとに事情や特性に応じた様々なバリエーションに変化。
ここでは「鹿島神宮」を中心とした踊りの最後に、当時疱瘡に御利益があったといわれる茨城県大杉神社への祈りを付け加えて「あんば大杉大明神、悪魔祓ってヨイヤサ」と歌うところに、この地域の女性達の当時の状況がよく表れています。

おどり花見

さて、この成田の「女人講」では、7ヵ町の女人講たちが、お篭といわれるご神体を1年ごとに順に保管しており、このご神体受け渡しをする儀式を2月に行います。
実はこれは「女オビシャ」とも呼ばれ、これも先に紹介した「春祈祷・ジゾウサマノオビシャ」と同じく、新しい年を迎えるために行われる「オビシャ」と同じ性格をもっています。
このように、こうした農文化は、その地域ごとに、表面的には大きく姿を変えていても、その根底にある祈りや想いは、通じているものなのです。

Part5 千葉県の名産、落花生(1分8秒)
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6:30~7:38 5月~9月の貝塚幸司さん夫妻による落花生栽培の様子
千葉県の名産、落花生

作付面積・収穫量ともに全国1位の生産量を誇る、千葉県の落花生。 水はけの良い火山灰質の土壌と、暖かい気候が栽培に適しており、全国でも有名な千葉名産となりました。
落花生は元々、日本には江戸時代に、中国から伝わったとされており、沖縄ではそれ以前の昔から栽培されていました。 本格的に栽培が開始されたのは明治に入ってからで、明治7年に政府がアメリから種を輸入し、栽培を奨励したのが始まりといわれています。

ところで、千葉県が現在のように様々な農産物で全国のトップシェアを誇るほどの農業生産ができるようになったのは、最近のこと。それまでは、水田に適した印旛沼や河川の周辺を除いて、海浜部はひどくやせた砂地、そのほかの台地(千葉は多くを房総台地に覆われています)は水利が悪く干ばつに弱いために、農業にはあまり適していませんでした。 そこで、こうした不適作地でも栽培できる作物が求められたのです。

千葉県で本格的に落花生栽培が始まったのは明治9年。県の普及活動もあり、明治10年には干拓地である現在の旭市地域の農家振興策として本格的に栽培奨励が行われたことによって、この地の代表的な作物となりました。それが次第に、印旛沼周辺台地の八街市近郊まで普及することになるのです。

千葉県の名産、落花生

当初アメリカからもたらされた落花生は、その栽培の普及とともに、千葉の風土に適し、また風味の良い品種へと改良されてきました。 中でも映像で紹介している「千葉半立」という種類は、昭和10年に久保銀次郎氏が発見したもので、濃厚な味わい、芳醇な香り、上品な甘さなどから最高級品種といわれています。
「半立ち」という名前の由来は、それまでの落花生が地面を這っていたものを、栽培しやすくするために半分立たせたことにあります。 しかし、この品種は栽培がむずかしい上に広い栽培面積が必要なことなどから、ほかの品種と比べると収穫量が1/2と少なく貴重で、落花生の王者とも称され、最高級品として高値で流通しています。

千葉県の名産、落花生

ほかにも、一般的な炒り豆としての食べ方ではなく、生の豆をゆでて食べる「ゆで落花生」として食べるとおいしい「郷の香」などもあります。
平成21年から本格的な栽培が始まったばかりで、莢が一般品種の約2倍と極めて大きい「おおまさり」といった新しい品種なども続々開発されています。

このパートでは、5月~9月の落花生栽培の様子がご覧頂けます。

Part6 諏訪神社の祭礼、式三番叟(5分37秒)
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7:38~8:32 南房総 平磯のとうもろこし畑、坂本文蔵さんの話
8:32~9:26 諏訪神社での写本会
9:26~10:01 稽古
10:01~11:22 砂取り、祭礼の準備
11:22~12:57 式三番叟
12:57~13:15 町内をめぐる山車
諏訪神社の祭礼、式三番叟

千葉県の無形民俗文化財に指定されている「千倉の三番叟」。これは毎年7月の第2土日に行われる伝統行事で、忽戸地区の荒磯魚見根神社と、映像で紹介している平磯地区の諏訪神社の2ヶ所で納められています。
能の翁を元とする三番叟は天下泰平、五穀豊穣、千秋万歳といったおめでたい儀式曲で、千歳の枚、翁の舞、三番叟の舞という3つの舞から成り立っています。 しかし時代の流れとともに能から狂言、狂言から歌舞伎へと芸能も移り変わり、式三番叟は3つ目の三番叟のみが残って行われるようになったといわれています。

諏訪神社の祭礼、式三番叟

この地で三番叟が始まったのは江戸時代、氏子による農村歌舞伎の演目として始まりました。昭和の初期までこの地区では、両神社の夏の祭礼に際し、氏子による歌舞伎が演じられていました。
農村歌舞伎は地元の人々による歌舞伎公演で、江戸時代から明治にかけて、各地の農村の楽しみの一つとして様々な地域で行われていました。
今も一部の地域では脈々と受け継がれており、このサイトでも香川県編(小豆島)で現在も続く公演の様子を紹介していますので、ぜひご覧ください。

諏訪神社の祭礼、式三番叟

残念ながら、千倉での歌舞伎の公演そのものは現在はなくなってしまいましたが、その中の演目であった「三番叟」だけは残り、現在も夏祭りの時にそれぞれの神社に奉納されています。というのも、エンターテイメントとしての要素が強い歌舞伎とちがい、「三番叟」はもともと田畑での神への祈りを踊りとした「田楽」がルーツ。その姿を最も原型に近い形で伝えている、ともいわれています。
実際この地域では、この「三番叟」は台風よけ、忽戸地区・荒磯魚見根神社の「三番叟」は雨乞いの役割を持っているといわれています。
このパートでは、式三番叟の伝統を受け継ぐ人々と、それを懸命に覚える少年たち、そして本番までの様子などがご覧いただけます。

Part7 印旛沼の大和芋と落花生(7分57秒)
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13:15~23:08 佐倉市西印旛沼
13:36~23:28 佐倉市西印旛沼の畑の、大和芋収穫の様子
14:16~26:20 大和芋出荷の様子
14:32~26:20 落花生の品種 千葉半立の収穫の様子
15:30~26:20 貝塚幸司さんインタビュー
16:04~26:20 子房柄の資料映像
17:19~26:20 落花生の野積み(ボッチ)の様子
18:19~26:20 稲藁について貝塚さんインタビュー
18:43~26:20 落花生 脱粒の様子
19:17~26:20 脱粒の資料映像
19:34~26:20 落花生 天日干しと袋詰めの様子
20:14~21:12 落花生の郷土料理 落花生豆腐 落花生味噌
印旛沼の大和芋と落花生

千葉県の北部、北総地域に位置する印旛沼地域は、関東有数の畑作地帯。 首都圏に暮らす人々の膨大な食需要支えるために、ニンジン、ダイコンなどの根菜類やスイカなど、多くの野菜を産出しています。
しかし、この印旛沼周辺を含む北総地域は、近年まで決して野菜作りに適した土地ではありませんでした。 もともと千葉県は500m以上の山岳が存在せず、比較的平坦な土地が広がっています。中山間地域が多い日本では珍しく、一見、農業に適した土地のようにも思えます。
しかし実際は、大半が火山灰である関東ローム層に覆われた平均50m程度の台地。こうした土地はやせているだけでなく、水はけが良すぎて、水利も悪く慢性的な水不足に悩まされがちで、決して農業にも適していませんでした。 そのために、明治までは農地としてではなく、馬などの放牧地程度に利用されているだけでした。

印旛沼の大和芋と落花生

こうした土地に農業の開拓が入ったのは、この地に鉄道が引かれる明治の中期。明治維新で職を失った武士階級がこの地に入植したことが発端といわれています。
とはいうものの、乾燥したやせた土地では、ムギやソバなどの乾燥に強い作物しか実らず、それも収穫量はわずかだったといいます。 そんな厳しい状況を救ったのが、落花生でした。落花生栽培は順調に進み、また栄養価の高い食品として人気を集めたために、需要も拡大。この地域は、日本の落花生栽培の一大産地へと成長していったのです。

しかしその落花生も、昭和の高度成長期以降、需要が減り、逆に日本の経済成長に合わせて、人口が急増した首都圏の食需要を満たすために、今度は日々の食卓に必要な一般的な野菜の供給が求められるようになってきます。
しかし、水利の悪い北総台地では、東京に隣接する広大な平地が広がっているにもかかわらず、野菜の生産が不向きです。
そこで昭和40年代から印旛沼の水を農業に利用する「印旛沼開発事業」が開始され、さらに昭和63年からは利根川の水をこの周辺へ引く「北総中央農業水利事業」も行われました。
こうした施策によって印旛沼周辺の台地は、日本でも有数の畑作地帯へ変貌していったのです。

印旛沼の大和芋と落花生

こうした中で生産されている作物の一つが大和芋。千葉県でトップクラスの出荷量を誇り、とりわけこの地域で採れる大和芋は、粘りが強いことが特徴です。
また、この大和芋の裏作として作られているのが、落花生なのです。国内で生産されているうちの約7割が千葉県産で、作付面積・収穫量ともに全国1位。映像でも紹介している「千葉半立」は、ほかの品種以上に香ばしくコクがあり、国産の最高品種ともいわれています。

晩秋から初冬にかけて、落花生畑には約1.5mほどの小山が並びます。これは「ぼっち」と呼ばれる、落花生の株の束。収穫のために引き抜いた落花生を乾燥させるため、円筒状に積み上げられたもので、この時期の風物詩の1つとなっています。

このパートでは、大和芋と落花生それぞれの収穫と出荷までの様子がご覧いただけます。

Part8 日本三大団扇の1つ、房州団扇(うちわ)(3分15秒)
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21:12~21:41 南房総市の女竹
21:41~21:12 房州団扇
21:12~24:27 房州団扇職人 宇山正男さん インタビュー、制作の様子(割竹・編竹・弓削・窓作り・貼り・断裁)の様子
日本三大団扇の1つ、房州団扇(うちわ)

扇風機やクーラーの普及で、日常生活の中から一時期、姿を消しつつあったうちわですが、近年は夏の節電やクールビズなど、環境にやさしいライフスタイルが見直される中、部屋のインテリアを兼ねた美しいうちわが、注目を集めています。
その中で、1本の細くしなやかな「女竹」をいかし、その丸い軸を生かして作られる「柄」の部分と、その軸先をそのまま割いて、放射状に編み込んだ「骨」の部分がおりなす優雅な美しさを特徴とするのが、「房州団扇」です。
男性的な力強さを見せる四国の「丸亀団扇」に比べて、女性的で繊細な「房州団扇」はまさに伝統的な日本の涼を象徴する伝統工芸です。

日本三大団扇の1つ、房州団扇(うちわ)

さて、千葉県南房州一帯でうちわ作りが始まったのは、江戸時代。当時、房州は材料となる竹を生産する地域でした。房州の地でうちわが作られるようになるのは、後の明治10年頃から。その後、近隣の町村に普及していったといわれています。
さらにその後、大正12年の関東大震災で日本橋にあったうちわ問屋のほとんどが焼けてしまったことから、問屋そのものが竹の産地に近く流通にもよい房州の館山市船形に移住しててきたことをきっかけに、房州でのうちわ作りが拡大。現在の京都府京都市の「京団扇」、香川県丸亀市とその周辺地域の「丸亀団扇」とともに、日本三大団扇の一つ「房州団扇」が誕生しました。

日本三大団扇の1つ、房州団扇(うちわ)

房州団扇は、竹の丸みを活かした丸柄と、48~64等分もの数に割いた骨の部分を編んで作る、半円の格子模様の窓が特徴です。うちわが実際にどのように作られていくのか、貴重で興味深い映像をお楽しみください。

Part9 農具、エンディング(4分38秒)
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24:27~25:44 佐倉市 鍬で畑を耕す桜井仙作さんと その鍬を作った村山康夫さん
25:44~26:05 桜井仙作さんインタビュー
26:05~26:32 農具
26:32~29:05 エンディング
農具、エンディング

近年はトラクターやコンバインなどの農業機械が中心になっているとはいえ、農家にとって日々の作業に農具は欠かせません。土起こし、耕作、除草、収穫などの作業用途によって、様々な種類を使い分けます。
また、たとえ同じ種類の道具でも、土地の土質や作物の特性に合わせた使い勝手の良い道具が作り使われてきたため、地域によって異なる特徴をもつものもあります。

農具、エンディング

中でもその違いがわかりやすいのが、耕作などに使われてきた平鍬(くわ)。たとえば神奈川方面で使われてきたずっしりした重みが特徴の神奈川型平鍬や、東海中部地方で使われてきた、柄の接続方法が特徴的な文化鍬、そして、千葉県北部の内陸で使われてきた、厚みのある平らな刃をしている千葉型平鍬などがあります。

このパートでは、60年前から地元で農具を作り続けてきた匠の技の農具を紹介しています。

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